最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)69号 判決 1983年3月04日
長野県松本市本庄二丁目一〇番一七号
上告人
鄭徳永
右訴訟代理人弁護士
久保田嘉信
松元光則
長野県松本市城西二丁目一番二〇号
被上告人
松本税務署長 堀新一
右指定代理人
古川悌二
右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(行コ)第三七号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和五七年二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人久保田嘉信、同松元光則の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができその過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう部分を含め、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定しない事実を前提として原判決の不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 木下忠良 裁判官 鹽野宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 牧圭次)
(昭和五七年(行ツ)第六九号 上告人 鄭徳永)
上告代理人久保田嘉信、同松元光則の上告理由
第一点、原判決には憲法の解釈を誤った違法がある。
一、原判決は、上告人が天竜ボールに貸付けた金員に対する受取利息を月二分の割合で推計することは可能であり、被上告人が本件更正処分において推計した事実は相当である旨判示している。
しかし、原判決の右認定は、天竜ボールの代表取締役であった宮下タケ子からの事情聴取や同人から提示された支払に関する帳簿から収集した資料を不当に拡張解釈若しくは類推解釈したものであって、租税法律主義を認めた憲法第八四条の解釈をを誤った違法がある。
二、憲法第八四条は国家の財政面から租税法律主義を認めている。これは所得なければ課税なしといわれているように、租税法律主義が近代国家の成立過程の中核であった歴史的沿革のほか、国民の権利義務に重大な影響を及ぼすところから定められたものである。
そこで、課税要件についても実定法上明確に規定されていることが必要であり(課税要件明確の原則)、行政庁の自由な法律解釈ないし自由裁量に任せてしまうことが許されないのは当然である。
そのため、租税や課税の解釈方法として、文理解釈、論理解釈、反対解釈が許されるとしても、拡張解釈や類推解釈はその内容が明確でなく法的安定性を欠くので許されないのである。
三、しかし、原判決は、上告人が二分の受取利息を初めの三、四回だけ受取り、その後は一分しか受領していない事実に対し、天竜ボールの運営には殆んど関与していなかった宮下タケ子の事情聴取を不当に拡張解釈しているのである。
即ち、乙第六号証(金銭出納帳)によると、上告人は昭和四六年八月六日から同年一〇月二〇日までの間、月二分の利息を受取っていることになるが、同年一一月八日には一分の利息しか受取っていないことが明白である。
しかも、乙第一五号証によると、昭和五〇年四月二一日から同年一二月一〇日までの約八か月の間、天竜ボールは貸付金六、九〇〇万円の利息として、月一分の金六九万円を上告人に支払っていたことが明らかである。
ところが、被上告人は乙一五号証では月二分の利息の立証ができないため、乙第一六号の同年一一月一五日付借入金一三八万円が利息であるべきだと推認している。
しかし、五〇年度は前記のとおり四月から一二月までの間月一分の利息が支払われており、一一月の唯一回の一三八万円が偶然利息の二分に相当したとしても、これをもって月二分の利息が支払われていたと認定することは到底できない筈である。このことは後に述べる事情によっても明白である。
それにも拘らず、原判決がなおも月二分の受取利息を認めたことは拡張解釈、類推解釈の域を出ないものであり、租税法律主義に反するものである。
第二点、原判決には理由 、理由不満の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一、課税所得は実際の所得金額に従って算出さるべきものであるが、被上告人は推計課税によって上告人に課税処分した。
しかし、上告人が推計の結果について実際の所得と著るしく喰い違うことを明らかにした以上、上告人は推計方法が合理的でなかったことについて反証を挙げたことになり、推計課税は合理性を失って排斥さるべきことは異論のないところである。
成る程、本件は、被上告人の税務調査の段階では宮下タケ子の供述が中心になっているので、全体として月二分の利息支払いを認定したことは己むを得なかったものと思われる。
しかし、本件は訴訟の過程において、推計方法に合理性がなく、前述したように推計が単なる類推であったことが明白になった以上、最早や推計課税は許されないというべきである。
二、被上告人の推計方法が合理的でなかったことは次の点から証明できる。
(一) 税務調査自体が極めて不十分である。
宮下タケ子に対する一回目の事情聴取は、昭和五二年六月九日行われ(乙第五号証)、二回目が同年一一月一日行われている(乙第八号証)が、その間の一〇月一七日に北原千成のてん末書(乙第一七号証)が作成されている。
宮下タケ子は一回目に月二分の利息支払いを述べたうえ、昭和五一年の利息が毎回一四〇万円位であり、北原がその事情を知っている旨述べている。しかし、北原は月一分の利息を支払っていた旨述べたため、宮下タケ子に対する二回目の事情聴取となったものと思われるが、同人は今度は月一分の裏金を加算して支払った旨述べているのである。
元来、宮下タケ子は、天竜ボールの運営には殆んど関与していなかったものであり、前社長の安谷章が昭和四九年四月に死亡してから名義上の社長となって多少関係していたにすぎず、実際の資金繰りや金員の支払いは北原千成が行っていたのである。そのため、宮下タケ子が一回目に一四〇万円位の利息を支払っていた旨の供述も当時の元金九、六〇〇万円の利息としては中途半端であり、三回目の調査で突然裏金の話しがでたばかりか、月一分の裏金を立証する帳簿類は何ら発見されていないのである。
更に、天竜ボール会社であるから上告人の場合と異なり決算書類等が作成されていた筈であり、宮下と北原との供述に喰い違いが生じ、帳簿上も明白な利息の割合を認定できなかった以上、被上告人は少なくとも天竜ボールの正規の決算書類等を調査する必要があったというべきである。
ただし、個人のてん末書は作成者の主観がはいることを避けえず、帳簿類は嘘を言わないからである。
このように、極めて容易にできた調査を行わずして、上告人に対してなした本件課税は合理性を欠くものである。
(二) 上告人の受取利息は月一分であった。
前述したとおり、乙第六号証の昭和四六年一一月八日と、乙第一五号証の各記載によると、何れも帳面上の利息は月一分であり、このことは内藤常夫証人の「調査の結果帳面上利息は月一分となっておりました。」との証言によっても明白である。
更に、月一分の支払いについては、北原千成の証言および乙第一七号証の供述、上告人の供述等によって十分証明されているのである。
(三) それにも拘らず、原判決は何ら合理的でない推計方法により行われた本件課税について、それを排斥することなく月二分の利息を認定したことは、明らかに判決理由に齟齬があるものであり、到底破棄を免れないものと思料する。
以上